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福岡高等裁判所 昭和57年(行コ)11号 判決 1983年2月28日

控訴人

迫田義廣

右訴訟代理人

荒木新一

荒木邦一

田辺宜克

被控訴人

福岡県教育委員会

右代表者委員長

田中耕介

参加人

中間教育委員会

右代表者委員長

平田徹郎

右両名訴訟代理人

国府敏男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

1  原判決主文第三項を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対する昭和五三年一二月二五日付辞令書による「地方公務員法二九条一項及び福岡県市町村立学校職員の懲戒に関する手続及び効果に関する条例の規定により、三か月間給料及び教職調整額の月額の一〇分の一に相当する額を減給する。」旨の処分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

主文同旨

第二 当事者の主張<以下、省略>

理由

一控訴人が昭和五一年四月一日から同五三年三月三一日までの間、福岡県中間市立底井野小学校校長で、同年四月一日から中間中学校長であること、被控訴人は、参加人が昭和五三年一〇月五日付でなした第一次研修命令に控訴人が違反したことを理由に同年一二月二五日本件懲戒処分をなしたことは当事者間に争いがない。

そして、本件懲戒処分に至るまでの経過事実についての当裁判所の認定判断は、次のとおり付加訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、原判決三〇枚目表一二行目から四〇枚目裏初行までを引用する。(但し、右引用文中に「被告市教育委」とあるのは、すべて「参加人」と訂正する。)

1ないし5 <付加訂正部分、省略>

二右認定の事実によれば、参加人は地教行法四三条に基づき服務監督権者として、県費負担職員である控訴人に対し、地公法三九条、地教行法四五条により職務命令として研修を命ずることができるのであるから、控訴人が第一次研修命令に従わなかつたことは地公法三二条、地教行法四三条二項に違反するものであり、地公法二九条一項二号の懲戒事由に該当する。

三控訴人は本件第一次の研修命令は第二次ないし第四次の研修命令と一体となり控訴人を教育現場から放逐する不当目的のもとになされた違法のものである旨主張する。

なるほど、前記引用の原判決の認定によると、控訴人は第二次研修命令による研修修了に際し、研究報告を総括発表のうえ研修修了を認定されながら、控訴人が教育センターにおいて他の研修員に対し本件訴訟の経過を自己に有利に吹聴する等の態度が校長としての修養に欠けるということで、第三次、第四次の研修命令を受け、退職勧奨年齢も迫つた控訴人をして教育現場に復帰することを不可能にしていることに徴すると、参加人は第三、第四の研修命令を発した時点においては、控訴人が教育現場に復帰することを嫌忌し、これを阻止する意図があるものと疑われても無理からぬものがあつたというべきであろう。しかしながら、参加人が控訴人に対し、第一次研修命令を発した時点においては、前叙認定のとおり、それが控訴人の現場教育についての積極性や意欲的な余りであつたにしても、控訴人は校長として学校施設の管理、学校財務の処理、学校運営の方法に至らぬ点があつたことは否み難く、控訴人の服務監督者たる参加人が控訴人をして学校経営を研修主題として研修を命ずることは、それなりの合理的な根拠があつたというべきである。もつとも、被控訴人が参加人の内申に基づき控訴人を中間中に転任させ、然る後、参加人が第一次研修命令を発令するに至つた動機には、控訴人が参加人に対し執拗に投書問題の善処方を訴え続けていたことも影響したであろうことは第一次研修命令に至る前叙認定の経過事実に徴してこれを看取することができるが、そのことからは参加人が控訴人を教育現場から暫時遠ざけておいた方が中間市における解同との関係や、同和教育を円滑に推進していく観点から教育行政上得策との配慮が動いたであろうことは推測しうるにしても、右時点において既に、控訴人をその在職期間のすべてにわたり教育現場から放逐することだけの不当な目的でなしたものであると断ずることは困難というべきである。

そうだとすると、第一次研修命令には控訴人主張の不当目的がない以上、参加人の内申に基づき被控訴人が福岡県市町村立学校職員の懲戒に関する手続及び効果に関する条例の規定により、控訴人の研修命令に対する不服従につきなした本件懲戒処分に控訴人主張の違法はない。

四次に、控訴人は第一次研修命令には重大にして明白な瑕疵があつたから無効の職務命令であり、控訴人が無効の職務命令に従わなかつたからといつて本件懲戒処分に付される事由はない旨主張するので、控訴人の主張する無効事由を順次判断する。

(研修命令の実質的懲戒処分性について)

控訴人は第一次研修命令は実質上懲戒処分としての性質のものであるから、処分説明書の交付が必要である旨主張する。しかし、研修命令は地公法所定の懲戒処分としての戒告、減給、停職又は免職のいずれにも該当しないことは勿論、職務の場所及び内容に異動を及ぼすほかは控訴人の身分、地位に何等の不利益を及ぼすものではない。そして第一次研修命令が控訴人を教育現場から放逐することを企図したものと認め難いこと前叙のとおりであるから、第一次研修命令が参加人のかかる企図目的を有することを前提にして実質的懲戒処分性があると言えないことは明らかである。控訴人の右主張は採用し難い。

(研修命令伝達手続の瑕疵について)

前叙認定の事実から認められる参加人教育長小曽我が昭和五三年一〇月四日、口頭でなした控訴人に対する第一次研修命令伝達の方法は、控訴人の自主、自発的な研修参加が好ましいとする観点から、控訴人の納得を得ようとしたため、職務命令としてなすものであることの明確性に欠けるきらいは否めないけれども、参加人教育長小曽我は、その後、再三研修命令書の受領方を促したうえ、命令書を郵送し、これが返送されると、更に同月一九日研修主題を「学校経営」とする教育長小曽我作成名義の文書を郵送する一方、教育センター所長森英俊を介し同年一一月四日到達の文書をもつて、研修の終期をも明確に告知させていることが明らかであるから、研修主題や研修終期の明確性に欠ける瑕疵はないものというべきである。そして控訴人が命令書を返送した事実などからしても、それが命令的なもので、控訴人の承諾を求める類のものではないことを知つていたと推認されるから、教育長小曽我が同年一〇月四日、口頭をもつて、同月五日付でなした研修命令はその時点で有効に成立したものと認めるのが相当である。

従つて、第一次研修命令の効力が発生したのは同年一一月四日であるとして、控訴人が一一月四日まで右研修命令に従わなかつたことをも処分の対象とした本件懲戒処分は違法である趣旨の控訴人の主張(抗弁に対する答弁及び主張3)も亦その前提を欠き失当である。

(受命者の同意の欠如について)

地公法三九条、地教行法四五条により控訴人に対する服務監督権者たる参加人は、職務命令として控訴人の同意を得ずに、控訴人に研修を命ずることができると解される。

なるほど、福岡県教育公務員の長期にわたる研修に関する規則三条ないし五条は控訴人が主張するように、長期の研修を命ずる場合は研修の期間を一か月以上六か月までの範囲で定め、研修題目、研修場所等を定めたうえ公募あるいは本人の志望に基づいてこれを命ずべきであると規定しているけれども、この規定は同規程一条の趣旨によつて明らかなように、教育公務員特例法二〇条三項の規定による研修、いわゆる自主研修について定めたものであつて、前記の地公法三九条、地教行法四五条に基づく命令研修とは異るから、右規程が存在することを以つて、長期研修については一切研修を命ぜられる者の同意を必要とするものではない。

また、控訴人が挙示する初中局地方課長回答は、市町村立学校教職員を免じて県立学校教職員として採用する場合に関するものであるから、控訴人の中間市教職員としての地位に異動を及ぼさない第一次研修命令の場合に妥当するものではない。以上のとおり控訴人の右主張は採用できない。

(説明義務違反について)

教育上の研修は研修者の自主性、自発性にまたなければ研修の成果を多く期待でき難いことは自明であるから、命令研修とは言つても、研修を命ぜられるものの同意を得ることが好ましいことは言うまでもない。しかし、長期の研修命令が報復的ないし忌避的な意図に出たものでない所以をあらかじめ説明しなければ研修命令自体に瑕疵があり無効となる趣旨の控訴人の主張は到底採用し難い。

以上のとおり第一次研修命令に瑕疵があつたとは認め難いから第一次研修命令が無効であることを前提にして本件懲戒処分の違法をいう控訴人の主張は理由がない。

五控訴人はまた、本件懲戒処分は裁量権の範囲を逸脱した権利濫用のものであると主張する。

前記引用の原判決認定の事実に徴すれば、控訴人にかけられた投書事件の嫌疑は安易な証拠に基づく不十分なものであると推認されるところ、右投書事件を契機として、参加人の同和教育上の行政的な配慮も加わり、控訴人に対してなされた第一次研修命令に対し、控訴人が不当な濡れ衣だとして反撥したことには情状として酌むべき点がないではない。しかし、第一次研修命令は、控訴人の主張するように、控訴人を教育現場から放逐する企図目的にでたものではなく、参加人が控訴人に研修を命じたについてはそれなりの理由があつたこと前叙のとおりであつて、管理職の地位にある控訴人が自己に対する不当な嫌疑を晴らすことに固執する余り、参加人の職務命令としての研修命令に二か月近くも従わなかつたことは、前記の情状を考慮に入れても無視できない上司の命令に対する不服従といわねばならない。そうだとすると、被控訴人が裁量権の行使としてなした本件懲戒処分には、社会観念上著しく妥当を欠いているとはいえず、他にこれを認めるに足る事情も見られない以上、本件懲戒処分をして裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したものと言うことはできない。

六よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、行訴法七条、民訴法三八四条一項、第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(西岡徳壽 松島茂敏 前川鉄郎)

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